【愛着障害】自分のことが嫌いだった

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こんにちは。
愛着障害克服カウンセラーちえです。

今回は【自分のことが嫌いだった頃のはなし】です。
自分を苦しめ、悲しませていたのは他人ではなく「自分」だと自覚した経験を話します。

まずは私の両親のはなしから。

私には何事もきっちりこなす母と、何事も一生懸命に向き合う父がいます。
幼かった私にとって両親は、お手本とも言える大人でした。

でも、そう思っていたのは小学生低学年ごろまででした。

この頃の私は、怒りっぽい父の愚痴を母からよく聞かされていたこともあり、
両親が喧嘩している声が聞こえてくると「全部父が悪いのだ」と思ったものです。
と、同時に両親が喧嘩しているのは私のせいだとも思いました。

きっとこの時からだと思います。
何かあるごとに”原因を自分に求め始めた”のは。

子どもの時の自分を思い出すと、
「家族を心配させないようにいい子でいないと」
「いいお姉ちゃんでいないと」

そんな風に思っていた時間が長くて「子どもらしい子どもでいられなかった」です。

どこか大人びていて、自分の気持ちを話さない、クールな子どもでした。
自分のことを認めてほしかったのに、そして褒めてほしかったのに。

素直に褒めてほしいと言えなかったあの頃を思い返すと、ほとんど両親に褒められた経験はありませんでした。

そして中学生、高校生と、成長するにつれて、
自分を理解してくれない両親と関わることが苦しくなっていきました。

それと同時に、認められもせず褒めてももらえない自分が大嫌いでした。
こうして私は褒めてもらえない自分を責め続けた結果、自信がなくなっていったのです。

そんな私にも大きな変化が訪れました。
少しずづ自分のことを大切にしよう、好きになろうと思い始めたのです。

きっかけは約3年前、適応障害になったことでした。
看護師として2年目を過ぎ、これからもっと頑張っていこうと意気込んでいた時でした。

整形外科病棟から婦人科病棟への突然の異動が決まってしまいました。
慣れない人、慣れない環境、自分だけが取り残された孤独感で

異動して1か月もたたないうちに、頭にもやがかかったように何も考えられないようになり、涙があふれるようになりました。

限界を感じた私は、1か月の休職後、退職する運びとなりました。

私は退職してから次の転職先の就業開始までの期間の間に適応障害や心について勉強することにしました。そして、愛着障害にたどり着いたのです。

「愛着障害の人は愛を求める、自分を認めることが苦手、人間関係で悩みを抱えやすい、人との距離感を掴みにくい…」

愛着障害の特徴は、私の状況に当てはまるものばかりで
「私、これだ」と直感的に感じました。

そして、これまでの自分への扱いを振り返って驚きました。

私の中には自分を責める言葉はあっても、認めてあげる言葉はなかったからです。

「私の味方って誰なんだろう?もしかしたら私が味方をしてあげないといけないんじゃないの?」

自分を苦しめ、悲しませていたのは他人ではなく「自分」だと自覚した瞬間でした。

今では
「こんなに頑張らなくていいんだな」
「もっと私でいていいんだな」
「ありのままの自分が心地いい」

これまでの価値観が大きく変わり、
ありのままの自分を認められるようになりました。

自分のことを好きになれたのは本当に最近のことです。
私の人生がやっと動き出した気がしています。

そして不思議なことに、あれだけ関わりたくないと思っていた両親への気持ちにも少しづつ変化が起こりました。

申し訳なさや「もっとこうしてほしかった」という不満感・恨みの気持ちもだんだん薄れてきたのです。

私が愛着障害を克服した方法や人間関係の変化などについては、またの機会にお話しできたらと思います。

ここまで読んで頂いてありがとうございました。

その他、愛着障害についての記事も多数掲載しておりますので、
ぜひ、読んでみてくださいね。

愛着障害克服カウンセラーちえ